
こんにちは!ET(@et_universe)です。普段は電力取引プロダクトのデザインをしています。
AIを実務で使うようになって、「作る」速度が圧倒的に上がりました。そして同時に、速くなったからこそ見えてきた問いがあります。
速くなる「作る」フローの中で、人間が立ち止まって考えることでより価値が上がる場所はどこなのか。
FigmaとAnthropicが提携し「Code to Canvas」が発表され、Figma CEOのDylan Fieldは「AIがあらゆる可能性を構築する手助けができる世界では、デザイナーのコアワークはほぼ無限の可能性空間の中で最善の解決策を見つけることだ」と述べています。私自身もAIでプロダクトデザインの相談や制作、パターン出し、スライド作成キット、翻訳フロー設計など色々試す中でその早さを実感しました。
正直に言うと、わくわくだけではなく不安もあります。だからこそ、目の前のツールに飛びつくだけでなく、一度立ち止まって考えてみたかったのです。立ち止まって考えること自体に、AIに代替されるような作業ではない、考える葦としての人間の本質があるような気がしたからです。
この記事は、AIの使い方ではなく、AI時代に人間が鍛えるべき、変わらないデザイン筋力(for デジタルプロダクトデザイン)はどこなのかを考えてみる記事です。
- そもそも、立ち止まって考えることは必要なのか?
- AIが変えたこと、変えていないこと
- Figmaが向かう先
- デザインに残る3つの役割
- フェーズが溶けた世界で、自分で杭を打つ
- どのようなデザイン筋力を鍛えるか
- まとめ
そもそも、立ち止まって考えることは必要なのか?
AIエージェントの時代、ソフトウェア開発のライフサイクル自体が溶けつつあります。Boris Taneが「The Software Development Lifecycle Is Dead」で書いているように、要件定義→設計→実装→テスト→レビュー→デプロイという段階は、Intent→Build→Observe→Repeatという小さなループに収束しようとしています。
少数精鋭でAIを使いこなし、企画から実装まで一気通貫で回す「フルスタックビルダー」という役割も出てきました。1人あるいは少人数で進めると意思決定が速く、認知のズレも起きにくいので、多くのプロダクトではこれが最適解になっていくのかなと思います。
では、そんな中でも、「立ち止まって人間が考える」こと自体に価値があるのはどこなのでしょうか?人間はただのブロッカーなのでしょうか?人間は意思決定プロセスに挟まることで速度を落としているだけなのでしょうか?
ここで私が考えたのは、
プロダクトが動く先にあるのは人間の社会だ
ということです。 金融、電力、医療など——高い安定性、公平性、健全性が求められる分野では、意思決定のプロセスそのものにも透明性が求められます。 「誰が、どういう根拠で、どう決めたか」が見えないと、その判断を信頼できない。AIが最適解を出したとしても、そのロジックは素人には検証できません。「AIがそう言ったから」はブラックボックスのままです。 だからこそ、人間が理解できる言語で、見える形にして、人間が決める。このプロセスは残ります(AIに完全支配されるような社会ができない限り...)。

面白いのは、「人間が理解できる形にする」という行為自体が、速度を落とすブロッカーであると同時に、品質を守る立ち止まりポイントになっているということです。ブロッカーとセーフティネットは、実は同じものの表と裏なのではないでしょうか。
AIだけの社会であればこのプロセスは要らないかもしれません。人間が活動している社会だから、人間が解釈して理解できるレベル、あるいは人間の心を動かし感動させる表現、人間社会の価値観に合うものに落とし、意思決定する必要があります。チームで理解して様々な角度で検証し、納得感を持って前に進めるような、そのプロセスの中に、各職能やデザインの居場所がある。複雑な世界を掴むための取っ手を与えること、それがデザインの役割だと私は思っています。

AIが変えたこと、変えていないこと
前の節では「なぜ立ち止まりが必要か」を考えました。ここでは、デザイナーの実務目線で、AIが具体的に何を変えて何を変えていないのかを仕分けてみます。
AIが変えたこと:「作る」コストが限りなく下がった
Claude Codeを使ってみて実感するのは、見た目のパターン出しだけでなく、「作る」という行為全般のコストが劇的に下がったということです。 画面のレイアウトを3パターン出す。動くプロトタイプを作る。デザインシステムに沿ってコンポーネントを組み立てる。ドキュメントを整理する。コードを書く。どれも、以前は時間をかけて人間がやっていたことが、AIとの協働で圧倒的に速くなりました。(画像は、最近私が作ったものたちです)

デザインシステムが整備されていれば、画面の組み立てはほぼ人間がやる必要がなくなりつつあります。自分の腕に補助アームをつけているようなもので、素の身体能力とは比べものにならない出力が出せます。
これが意味するのは、「作る」作業自体では差がつかなくなったということです。ルール/スキルさえ理解して使いこなせれば、誰でも、速く、それなりのクオリティで作れる時代になりました。
AIが変えていないこと:文脈の中での判断と「何を作りたいか」という意志と創造
一方で、前の節で述べた「人間が理解できる形にして、人間が決める」プロセスの中身——つまり判断そのものは、まだAIには渡せていません。 そこには2つの側面があります。
■文脈(ドメイン)の中で何が正しいかを判断すること
例えば、エラーのタイミングです。
- この入力のバリデーションはサブミット時にやるのか。フォーカスアウト時にやるのか。
- ユーザーがこの操作をしたときに、何をフィードバックすべきか。
- この取引の条件で、ユーザーはどの順序で何を入力すべきか。
このような「見た目だけでないデザイン」は、ドメイン知識とユーザー文脈とビジネス要件の交差点にあります。 AIにパターンを出してもらうことはできますが、「この業務ではこのタイミングでエラーを出さないと、取り返しがつかない」という判断は、その文脈を理解している人間にしかできません。
■何を作りたいのか、どんな体験をしてもらいたいかという意志と創造
このプロダクトでどんな世界を実現したいのか。ユーザーにどんな体験を届けたいのか。AIは選択肢を出してくれるけれど、「これを作りたい」「この方向に進みたい」という熱は、人間の内側からしか出てきません。プロンプトで引き出せるものではなく、私たち自身が考え、生み出すものです。その熱量は人それぞれです。
- より効率的な仕組みを作りたい
- より公平な仕組みを作りたい
- より美しい仕組みを作りたい
- より人々が/誰かが/自分がよろこび、笑顔になるものを作りたい
様々な内発的動機から、いろんな角度で、ニョキニョキと生まれてくるものだと思っています。それはどんな世界を、どんな信念で自分は作っていきたいのかという問いから生まれるものかも知れません。
AIは選択肢を出せるが、意志は持てない。
そしてこの判断も意志も、複雑さを抱えるプロダクトほど一人で完結しないことが多いのではないでしょうか。Figmaでレビューして「いいね」と合意を取った画面でも、あとからケースの認識ズレが見つかることがあります。複雑な取引条件で、関係者が微妙に違うものを想像していたことが、実装段階で発覚することもあります。
「作る」が速くなっても、この問題は解決しません。むしろ速く作れるようになった分、「何を作るべきだったか」のズレが見つかるタイミングも早くなります。これはチャンスでもあり、速く作って、速くズレに気づいて、対話で修正する。そのサイクルの中で、「ズレを見つけ、プロダクト開発を前にすすめる対話を設計する」こと自体がデザインの仕事にもなっていきます。 では、その対話はどこで起き、デザインはそこで何をするのでしょうか。
Figmaが向かう先
Figmaの最近の動きを見ていると、デザインが向かっている方向も見えてきます。 例えば、Code to Canvasは、Claude Codeで作ったものをFigmaのキャンバスに持ち込んで、チームで発散・共有するためのものです。Figma自身が「コードは収束に強い、キャンバスは発散に強い」と言っています。GatherのAIチームがFigmaに合流したのも、リアルタイムの共創体験を強化する方向への投資でしょう。
また、Figmaが最近発表した「State of the Designer 2026」レポートでも、興味深いデータが出ています。89%のデザイナーがAIで速くなったと回答し、91%がAIツールによってデザインの質が向上したと答えています。そして企業がデザインのクラフト(品質へのこだわり)を重視するほど、デザイナーの満足度は2倍になり、ビジネスの成長速度も上がるという結果が示されています。
AIが表面的な作業を引き受けデザインを加速する中で、デザインの価値はシステム思考や複雑さを明確さに変換する力に移っていくのではないでしょうか。 Figmaに残る価値は、「デザインツール」としての価値ではなく、「AIも人間も含めた開発チームが一緒に考える場」としての価値です。それはFigmaがAdobeに勝てた理由であり、AI時代にもなお強みであり続ける部分だと思います。
デザインに残る3つの役割
私はAI時代のデザインには3つの役割があると考えています。

1つ目は、認知のズレを発見してチームの意思決定を促すためのデザイン。
認知のズレはどんなツールを使っても起きます。Figmaで丁寧にやっても、Claude Codeで速くやっても。大事なのは、ズレを表面化させるための対話を設計し、ステークホルダーの判断を引き出すこと。「この画面、この状態のとき、あなたはどうなると思っていますか?」と問いかけること。動くプロトタイプで実際に触ってもらいながら、静的な画面では見えなかった前提の違いを引き出すこと。それを促し、場を作るデザインは残っていくのではないでしょうか。
2つ目は、よりよいデザインを仕組み化、言語化、ツールで補い表現し伝えるデザイン。
AIの出力には、何も指定しないままだと「AIっぽさ」があります。均一すぎるスペーシング。無難すぎるレイアウト。謎のグラデーション。どこかで見たような配色。みなさんも感じたことがあるのではないでしょうか。
そういった中で、デザイナーはデザインの持つ感性を言語化して、そのプロダクトにあった体験やスムースで心地良い体験にAIの出力を調整する事ができます。
例えば、黄金比に基づくスペーシングや視覚調整は、デザインシステムやフレームワークに組み込めば毎回伝えなくて済む。これが「言語化してAIに委ねられる」デザインです。 あるいは、「なんか違う」「もうちょっとこう…」。Figmaでドラッグしたり色を変えて2秒で済むことは言語化できず直接手を動かしたほうが早いです。30秒かけて言葉で説明するのは本末転倒であり、そこはデザインツールを使って、デザインできる人が直していく部分と思います。
3つ目は、バラバラと出てくるアウトプットを統合しハーモニーを生み出すデザイン。
AIで誰でも画面を作れるようになると、作る人が増えます。エンジニアもPdMも営業もプロトタイプを作れる。でも、それぞれが個別に作ったものを並べたときに、全体として一貫した体験になっているかを見る人がいないと、プロダクトはパッチワークになります。 世界観を繋げる。トンマナを合わせる。複数の人やAIが作ったものを一つのハーモニーにまとめ上げる。デザインシステムはそのためのルールブックですが、ルールブックだけでは解決しない。「ルール通りだけど、なんか違う」を感じ取って調整するのがデザインの仕事です。
フェーズが溶けた世界で、自分で杭を打つ
ソフトウェア開発のフェーズが溶けたように、デザインプロセスのフェーズも溶けていきます。例えば、UXの5段階モデルのような、戦略→要件→構造→骨格→表層という段階は曖昧になり、すべてが一つのループの中で同時に進むようになるのではないでしょうか。
ここで思うことは、フェーズがあった時代、フェーズの切り替え自体が強制的な「立ち止まりポイント」になっていたということです。「要件定義が終わったか?」「デザインレビューを通したか?」こうした区切りが、自然と「これでいいか?」を考える機会を作っていました。 フェーズが溶けると、この立ち止まりポイントが消えます。意識的に作らないと、ずっと走り続けてしまうこともあるかもしれません。 だからこそ、自分で杭を打つことが必要になりそうです。
- この判断はチームで認識を合わせてから進めよう
- ここは全体のハーモニーを確認するタイミングだ
- この仕様は仕組み化できるか、それとも自分で手を動かすべきか
前の節で述べた3つの役割を果たすためのタイミングを、自分で見極めて、自分で区切りを作る。それが、フェーズが溶けた世界で杭を打つということです。
例えば、ユーザーに当てて観察するタイミングを自分で作るなどが具体的な杭になるのではないでしょうか。 感度を高めて、意図を持って立ち止まる。速く走れる時代だからこそ、どこで止まるかの判断が価値になります。
どのようなデザイン筋力を鍛えるか
デザイナーになりたての頃、早く技術を身につけたくてあがいていた時期があります。そのとき先輩デザイナーに言われた言葉が、ずっと心に残っています。
「焦って急がなくてもやり続ければ絶対に力はつくから大丈夫」
その時、私はなぜか筋肉をイメージして、「筋トレと同じですね」と答えました。筋肉に種類があるように、デザインの力にも種類がある。 AI時代に問いたいのは、どの筋肉を鍛えるのか、ということです。私は、デザイン筋力も3種類存在するのではないかと考えています。

補助アーム(=AI)で強化される筋肉
AIが筋力を強化する補助アームだとしたら、パターンを出す力、画面を組む力、コードに落とす力。ここはAIで増幅されます。差がつく場所ではなくなっていき、機械の補助アームをつけているのと同じで、使うツールが強くなった面があるのではないでしょうか。
例えば、Figmaで0から動くプロトタイプを作る作業よりも、Claudeなどに要件やユーザーの状況、達成したい状態を伝えて、html等で作ってもらう方が早いです。 最近わたしは、取引画面上の複数のテーブルセルを大量に、ランダムに光らせるようなアニメーションのある画面を作りました。Claudeが一瞬で発火を自動でランダムにしてくれ、手動のボタンもあるようなツールを作ってくれたことに感動しました。Figmaでは一瞬でこのような動作は作れません。
補助アームでは使えない筋肉
意味づけをする力はAIでは達成できません。なぜこれを選んだのか、を言語化する力などです。ドメインの複雑さに向き合った最適を選び取る力も含まれます。 自分の脳みそを完全にAI接続できるような世界が来ればまた別かもしれませんが、自分の生きてきたバックグラウンドや経験から生まれるような、本質的な筋肉がここにあります。AIは「見た目」は作れるますが、「意味」は作れません。作ることの価値が下がる世界で、意味を設計する筋肉がある人が強いのではないでしょうか。
補助アームに頼ると衰える筋肉
そして、ここがいちばん注意すべきところだと思っています。それは、手を動かす過程で無意識に働く「違和感に気づく力」「良いものを選び取る力」です。
私は、デザインに関してはAIに任せていている中で、物足りなさを感じ取って修正したり選ぶことができます。一方で、JavaScriptのconfig設定など、基本を理解してコードを書いたことがないために出てきたものを評価することができない場面があります。
このような筋肉は、作業をすることで培われる部分があるのではないでしょうか。 デザインで言うと、画面を一枚一枚Figmaで作る作業は手間がかかります。でもその過程で「あ、この状態抜けてた」「ここはもっとこうした方が良くなる」と気づくことがありました。手を動かすこと自体が、考えることでした。AIに任せてスキップすると、その機会が減ります。先輩に「やり続ければ力はつく」と言われた、あの「やり続ける」機会自体が減るリスクがある。
違和感や判断の根拠は、過去にゆっくり考えて、時には失敗して、学んだ経験の蓄積や書籍などから得た知恵から来ています。AIで速くなったとしても、その蓄積のプロセスを省略せずに鍛える時間も必要そうです。立ち止まって考えたいと思う好奇心を持ち続けること。立ち止まって考える自分を良しとすること。その姿勢が、長期的に効く筋力を守っていくのだと思います。
道具が変わっても、何を作りたいかは自分で決める
Illustratorが出た時も、Photoshopが出た時も、Webが出た時も、同じことが起きていたそうです。道具は変わる。AIは速さと量で人間を超えていきます。 でも、人類が長い時間をかけて積み重ねてきたものの上に、何を新しく積むかを選ぶには意志が要ります。AIを駆使してたくさん試して、インサイトを得る。それは大事です。でも、そこで得たインプットをじっくり煮込んで、何を生み出すかを決めるのは自分自身です。 「何を作りたいか」「どんな世界にしたいか」を決めるのは、いつだって自分自身。すぐに変わるツールや操作の習得も大事ですが、それ以上に大切なのは自らの視点と言葉を磨くことなのかなと思っています。変わらないように見えるコアの技能も、鍛え方を意識的に変えないと衰えます。 何をして、どの筋力を鍛えるかを選ぶこと自体が、AI時代の最初の仕事かもしれません。
まとめ
この記事では、AI時代にデザインで立ち止まって考えるべきことを整理してきました。
- プロダクトが動く先にあるのは人間の社会であるため、人間が理解できる形にして、人間が決めるプロセスは残る。
- AIが変えたのは「作る」コストであり、変えていないのは文脈の中での判断と、「何を作りたいか」という意志。
- デザインに残る役割は、認知のズレを発見するデザイン、感覚を言語化/仕組み化するデザイン、全体のハーモニーを生み出すデザインである。
- フェーズが溶けた世界では、自分で杭を打って立ち止まりのタイミングを作ることが求められる。
- そしてデザインの筋肉には、補助アームで強化されるもの、補助アームでは使えないもの、補助アームに頼ると衰えるものがある。
道具が変わっても、何を作りたいかは自分で決める。それだけは、どんなにAIが進化しても変わらないと思っています。
みなさんは、どの筋肉を、何のために鍛えますか?
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参考記事・リンク
この記事を書くにあたって、以下の記事やニュースから刺激を受けました。
Figma × AI関連 www.figma.com www.figma.com www.figma.com https://www.figma.com/ja-jp/reports/state-of-the-designer-2026/ developers.figma.com www.gather.town
AI時代のデザイナー論 note.com
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ソフトウェア開発の変化 boristane.com