はじめに
enechain HRの酒井です。主にエンジニアやPdM、デザイナーといった、enechainのテクノロジーチームの採用を担当しています (以降、Tech採用と表記します)。
スタートアップでTech採用に携わる方には共感いただけると思いますが、エンジニアをはじめとしてTech人材の売り手市場トレンドが続いており、人材獲得競争はますます激化しています。また、転職意欲の有無にかかわらず候補者との接点を持つことが一般化し、採用プロセスが長期化する傾向にあり、選考以外でのコミュニケーションが以前にも増して重要になっています。
同時に、enechainの事業やプロダクトのフェーズ、組織規模も刻々と変化しています。創業期にはアトラクトの武器となっていた「アーリーステージ特有の面白さ」は、今では伝えづらくなりました。魅力の伝え方や採用の在り方自体が変わっています。
2023年を振り返ると、私たちは上記のような業界と自社の変化に対して十分適応できていませんでした。その結果、掲げていた採用目標に到達できず、予期せぬ選考辞退やオファー辞退も重なりました。
そこで、2024年はデータと徹底した候補者視点とを組み合わせ、採用プロセス全体の改革に取り組みました。結果、採用数は前年の約2倍、オファー承諾率は前年3割増の90%を超え、11名連続のオファー承諾へと繋がりました。
本記事では、具体的な採用課題と打ち手、採用プロセス改革を通して得られた学びについてお伝えします。
データの可視化
現状を正しく把握するために、まずはデータの可視化から着手しました。
これまで採用課題の分析には、ATS内のレポートやExcelを活用していました。
しかし、正確なデータを集め、それを見やすいフォーマットに整えることに膨大な時間がかかり、課題の妥当性や施策の効果を振り返る機会が限られていました。
その結果、感覚や経験に頼らざるを得ない状況が続いていました。
そこで、業務委託のパートナーの支援を受け、データインフラを整備し、ダッシュボードを構築しました。
散在していたデータが集約され、以下のような効果が得られました。
- 過去の採用活動データを迅速に確認可能に
→効果: 課題や施策を振り返る時間を多く確保でき、効率的にPDCAを回せるようになりました。たとえば、チャネル別のパフォーマンスを瞬時に確認できるため、投資判断や施策の効果検証がスムーズになりました。 - パイプラインの進捗や候補者との接点状況を一目で把握可能に
→効果: アクションが必要な候補者や最適なタイミングをすぐに特定でき、Engineering Managerや面接官との情報連携も効率化したことで、候補者とのコミュニケーションの質が向上しました。 - 採用に関わるメンバーの時間配分を可視化
→効果: 開発状況を考慮しながら採用に割くべきリソースを最適化でき、Engineering Managerや面接官の負担を軽減できました。
上記は一部に過ぎませんが、データを集めて整理することに精一杯だったところから、データを見て考え、意図を持った意思決定をすることに集中できたのは大きな変化でした。
また、データを可視化したことで「今すぐ改善できる課題」と「時間かかる根深い課題」を区分できたことにも効果がありました。
前者はHR主体で改善を進め、後者はEngineering Managerと議論しながら根本的な解決を図る、という風にアプローチを分けることで、課題の優先順位や、解決する時間軸の認識を揃えることができました。
見えてきた課題
自社にマッチしたターゲット候補者との接点が限られていた
データを可視化する中で明らかになった課題の1つが、ターゲットとする母集団の不足です。
enechainは、事業ドメインやプロダクト特性上、求める経験値や技術力は業界内でも高い水準に設定されています。そのため、ターゲット候補者の数自体が少なく、接点も限られていました。また、せっかく接点を持っても、長期的なフォローの仕組みがなく、常に新しい候補者を探し続ける状況に陥っていました。
課題と紐付く数値としては、
- Engineering Managerが高評価 (10段階で6以上) とする候補者のリスト数
- チャネルごとの高評価の出現率
- アプローチの返答率
などが挙げられます。目指す採用成果やベンチマーク企業との比較から、各指標の在るべき基準値を割り出すと、いずれの指標でも基準を下回っている状況でした。
選考以外で自社への理解を深められるコンテンツが少なく、アトラクトし切れなかった
選考進出後の辞退も大きな課題でした。採用プロセス長期化や競合の増加といったマクロな要因もあると思いますが、enechainの2023年の選考辞退率は16%と高い水準でした。
また、HRとの面談の中で候補者から不安や疑問を率直にお聞きすると、
「enechainの事業は面白いと感じるが、実際の仕事の様子や働き方がよく分からない」
「どのような人がマッチするのか、またどのようなキャリアを築けるのかが見えない」
といったコメントをいただくこともありました。選考内の面談や面接だけでは十分な情報を提供できず、候補者の意欲を高め切れない状況でした。
オファー承諾率が低かった
オファーに至った候補者のうち、クオーターによっては約3割が辞退していました。求めるポジションの要件を満たす候補者は希少であるため、辞退が発生するとポジション充足までにさらに時間がかかり、事業成長を遅らせてしまいます。
辞退のケースを細かく見ていくと、候補者がオファーを辞退する際に初めて懸念点を明らかにすることも多く、実際の声として「必要なポジションであることは理解できたが、なぜ自分が適しているのか納得し切れなかった」という意見もいただきました。
選考プロセスを通して候補者の本音や心情を十分に把握できておらず、オファー内容も候補者一人ひとりに最適化されていなかったのだと振り返っています。
各課題へのアプローチ
データに基づいたターゲットの再定義と接点増加
ターゲット候補者との接点不足に対して、Engineering Managerと連携し、以下の解決策を講じました。
- 過去データを活用し、ターゲット像を再定義
- 過去の面接やレジュメの評価スコアを基に、ターゲット像を見直しました。 漠然としていたターゲット像が具体化し、Engineering ManagerとHRの目線も揃うことで施策が打ちやすくなりました。また、HRによるサーチの精度を高めることにも繋がりました。
- リファーラル採用の強化
- ターゲット像が明確になったことで、リファーラル採用を強化しやすくなりました。Engineering ManagerとHRの隔週ミーティングで必ずリファーラルの議題を扱い、メンバーとの1on1でも候補がいないか相談する機会を設け、声掛け数を大きく増やすことに繋がりました。
- タレントプールの構築
- 面談や会食後、選考に進まない候補者との接点を長期的に維持するために、Notion上にタレントプールを構築しました。候補者の個人情報はATSに集約しつつ、接点履歴やネクストアクションをデジタルに管理する仕組みを整えました。
選考外でのアトラクト方法の多様化
候補者の選考辞退に対して、多角的にenechainへの理解を深めていただくため以下に取り組みました。
- Tech Portalの開設 (https://tech.enechain.com/)
- 候補者が体系的にenechainを理解できるよう、Tech Portalを立ち上げました。開発環境や技術スタック、大切にしているカルチャーなどをまとめています。
- Portal作成にはNotionを活用し、編集ハードルの低さとタイムリーな更新を可能にしました。採用パートナーやエージェントの皆さんからは「候補者への説明がスムーズになった」と嬉しい言葉もいただきました。
- Tech Blogの活性化 (https://techblog.enechain.com/)
- エンジニアが主体となって年間60本以上を執筆し、自社の技術的な面白さ、現場のリアルな状況を発信しています。これにより、候補者にとって働くイメージを持ってもらいやすくなりました。
- One Teamでのアトラクト
- 従来はEngineering Managerが中心となって候補者と面談をしていましたが、現在ではエンジニアメンバーも積極的に参加しています。冒頭に述べた通り、採用市場とenechainの組織フェーズの変化から、キャリアやロールモデルの多様性も大切なアトラクト要素になってきています。候補者からも、直接働くメンバーとのコミュニケーションによって相互の理解も進み、入社する際の安心感に繋がったという声もいただきました。
候補者一人ひとりへのオファーストーリーの言語化
オファー承諾率向上のため、候補者ごとの特性やニーズに合わせたアプローチを実施しました。
- オファー辞退者と入社決定者への徹底的なヒアリング
- 候補者の意思決定理由を正確に把握するため、すべてのオファー辞退者と入社者へのインタビューを実施しました。頂いたフィードバックはHRで精査し、Engineering Managerと原因や改善策をディスカッションしています。
- 候補者一人ひとりへのオファーストーリーの作成
- 会社視点に立てば年間で数十名の方にオファーをしますが、候補者視点に立つと、当然その企業からのオファーは一度きりです。オファー面談は必ず実施していましたが、候補者一人ひとり向けにオファー面談やその際に使う資料を最適化し切れていませんでした。
- そのため、以下の3つのポイントを言語化し、面談内容や資料をカスタマイズしました。
①候補者にとってなぜenechainなのか (Why enechain?)
②enechainにとって他の誰でもなくなぜその方が適しているのか (Why you?)
③なぜ今が良いタイミングなのか (Why now?)
結果と学び
採用プロセス改革の結果、採用数は昨対比でほぼ2倍に増加し、その内容も大きく改善されました。
- リファーラルによる応募数が約2倍、リファーラル経由の入社決定数も1.5倍に向上
- 面接やレジュメ評価における高評価 (10段階で6以上) の出現率が約20%向上
- Engineering Managerの工数削減、採用リードタイムの短縮にも貢献
- 選考進出後の辞退率が10%減少
- エンジニアメンバーを含めたTech組織全体で採用をする文化の醸成
- オファー承諾率が9割を超え、11名連続でのオファー承諾
enechainでは、「テックカンパニーとしてのあるべき姿」を独自に定義しており、その中でも “Data-driven” と ”Customer Obsession” という2つの考え方を大切にしています。
- Data-driven: 感覚や経験だけに頼らず、データや一次情報を基に判断する
- Customer Obsession: 自社の論理に囚われず、お客様を中心に考え抜く
今回の採用プロセス改革の本質は、“Data-driven” × “Customer Obsession” の組み合わせにあったと振り返っています。
データを可視化した上で、データに基づいて課題の特定や、施策の効果性を検証する。同時に、候補者と接する中でしか感じられない心の機微や本音を大切にし、非効率であっても個別最適に徹する。もちろん改善の余地は十二分にありますが、データと候補者視点の追求は、今後の採用プロセスのアップデートにも欠かせないものだと強く感じています。
もう1つ加えるとすれば、HRが独自の視点から採用プロセスにフィードバックすること、課題や提案を果敢に持ちかけることは大事だと考えています。
会社によっては現場主導でスカウトや選考プロセスを進めるケースもありますが、私は全ての候補者の面談に必ず入り、エントリから入社後に至るまで接点を多く持たせていただいています。
私自身は、候補者の技術を評価する立場でも、同じ職種を経験しているわけでもありませんが、「候補者の方を深く知る」というただ一点に限っても、大きな価値があると信じています。enechainと候補者、両者が納得いく意思決定をするために、会社を知ってもらうことと同じく、候補者を知ることは重要であると思います。
現場のEngineering Manager以上に俯瞰して採用活動を見渡せる立場にあるHRだからこそ、気づけることも多くあります。候補者体験を向上するために、良い取り組みは積極的にシェアし、改善すべきことは議論に上げるなど、HRの介在価値を自らの行動によって高められるよう日々努力です。
おわりに
2024年に行った採用活動を振り返ってみました。
ここで取り上げた施策以外にも、候補者体験を追求するための一環として、候補者への対応スピードの高速化や、そのための採用オペレーションの効率化にも取り組んでいます。 たとえば、YOUTRUSTでリストに登録している候補者が転職ステータスを変更した際、Slack通知された投稿にスタンプを押すと、ATS上の候補者との名寄せを行えるようにしています。 転職ドラフトでは、メッセージへの対応スピードは定期的に観測しており、他企業比で高い水準をキープできるようオペレーションの効率化を図っています。
これからもデータとテクノロジーを活用し、徹底した候補者視点を大切にしながら、より良い候補者体験を目指していきます。2025年は事業のさらなる成長に向けて、新たな仲間を積極的に募集しています。
Engineering Managerやエンジニアの方はもちろん、HRマネジャーの求人もありますので、ご興味をお持ちいただいた方はぜひ気軽にお話をさせてください!